諸君は英語で日本語の授業を誇っていい
- Jan 28, 2018
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今日、授業が終わった時、ぼくの中にいつになく充実感があった。心理的プロジェクションなのか、学生の顔にも充実感があるように思えた。
ぼくは日本文化の一つについて話をしたい。と切り出した。まりえとぼくとの関係についてだが、彼女は現在〇歳で彼女が生まれた時からの知り合いだ。彼女の母親がぼくの教え子である。しかし、彼女を学校で教えたことがない。教えたことがないが、ぼくの日本の書斎には彼女専用の机がある。彼女は頻繁に来て勉強していった。そんな時、ぼくはいろいろ話をしたことを覚えているので、その意味では私的に教えたことがある。母親とぼくとの関係の年数は43歳である。気の遠くなるような長い年月だろう?(誰かが、日本人が長生きしすぎだろうと呟いて大笑いになった)ぼくは彼女の曾ばあさんを知っており、彼女のおじいさん、おばあさんとも近しい。もしぼくが長生きすれば、彼女の子どもともお付き合いがあるだろう。親子5代の付き合いになりかねない。これが、日本の先生と学生との関係なのだ。ともかく長い。
一つ諸君に自覚してもらいたいことがある。日本語を英語で学習することはとても負...担の大きいことだと思う。それはよくわかる。というのは、ぼくにとっても英語が外国語だからだ。負担が大きいことを君たちはやっている。考えようでは、これは誇らしいことではないか?幸い、君たちは日本語と英語の両方を勉強していることになる。もちろんナンナ先生の援助を得ながらだが。諸君は、他に誇っていい。その上で、今日は、日本語の構造と英語の構造とは大変異なることを話をしたい。
下記の図を提示した。今日で、これで3度目の図の学生がいる。ニックだ。この図を理解したいが難しくて、理解が届かないでいる学生がいることを仄聞していたので、今日もその話をした。ナンナ先生が懇切丁寧な速通訳でタイ語に直してくれた。説明の途中、学生はちょくちょく疑問をぶつけて来た。学生の方でも気合が入っていることをひしひしと感じた。今日こそ理解ができただろう。
まりえが買って来てくれた単語カード―日本独特の外国語学習方法―を配って、その作り方を彼女がお手本として書いてくれたのをカメラプロジェクターでスクリーンに提示して、これを次回まで20個の会話に役立つ単語をカードに作成する宿題を課した。一回20個は多いと感じるだろうが、1週間で20個など少ないくらいだ。
終わりしなに、もう一度、君たちはこの日本語を英語で勉強する授業を他に誇っていい。同時に、ぼくは諸君を心から誇りに思っている。いつも、FB Etc.で自慢しているのだと、述べた。
こうしてぼくの持ち時間(1.5時間)が終わって、ナンナ先生の英語の爆笑的な授業に移った。この様子はたぐい稀なる雰囲気なので、皆さんにお見せしたいくらいだ。


























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